Nov 14, 2020

絵|45Rシーズンカタログ なつ・あき・ふゆ 二〇二〇 

 

commission works


45R シーズンカタログ 

なつ・あき・ふゆ 二〇二〇 

10点の服飾モチーフを描いています。






design:Kazunari Hattori
45R onlinestore

https://45ronlinestore.jp/shop/g/g0201001/


Jun 3, 2020

イネと本姉妹 2008

     





 「イネさん」と呼ばれるようになって、不思議な感覚を思い出す。2000年から紺泉として制作、発表を始めて「紺さん」と呼ばれるようになった頃のこと。そして幼い頃、二度の転校先で初めてあだ名を呼ばれた時のこと。 


 何かもどかしく、けれど嬉しい。


 実は近頃までずっと私はもがいていた。2007年、夏の「ある庭師ー多分のひとときー」展(原美術館 東京)からか、それとも「a roomー山籠りー」展(2007  Mizuho Oshiro Gallery 鹿児島)からか、もっと前の「プレゼントの過去ーpattern works」(2006  GALLERY at lammfromm 東京)からか 何かを作り表現してゆくことは、もがくことの連なりなのだろうが、それにしても私は子供を産んでから特にもがいているようだ。それまでは、淡々と制作を続けているつもりだった。できるだけ表現上の個性を消し、本や雑誌、世の中を流れて行くもの・ことを眺め、微かに自分の中で動く「描き留めたい」想いのもとにモチーフを選び、淡々と描き続けられるはずであった。子供を産んでも私はそうできるだろうと思っていた。
 ところが、私は子供という一人の人間の存在に彷徨い始める。親として、作家として、人としてどの感覚を優先すれば良いのか自分の核心と思ってきたものが見事に揺れて、その甘さを思い知る。人嫌いを悪化させてきた私も子供と共に外へ出なければならず、それまで関わったことの無いような人々と出会う。様々な感覚の違い。些細なことでも一人彷徨う。そして思うように整わない制作環境と、不甲斐ない私のもとでどんどん成長してゆく子供との間で、彷徨う。泣くのが仕事のような子供に何度泣いて対抗したことか。毎度毎度うまい答えを見つける間もなく、何かは起こり、彷徨う。淡々と、どころではない。
 それでも、あれこれ彷徨い往来しながら何とか制作を続けているうちに、紺の頃には感じ取れなかった「作品を観る人」の存在を自分の中に見出した。それはやはり自分の産んだ子供だった。今すぐではなく何十年か過ぎて、この子が私の作品を見て、何かを感じ取ってくれれば良い。そう思うようになる。

 「ある庭師ー多分のひとときー」の展示を終えてから、それまでの制作と、これからの制作の確かな変わり目に気づく。それは沢山の彷徨いから生じた、様々の小さな理由を全て集めた確かな節目。泉イネになる所以。


 ある庭師は空想の人物。
 人嫌いをいつまでも続ける訳にもいかず。
 そうかと言って、すぐさま治る訳でもなく。
 「※ 今の彼を支える数少ない人々を想」い始める。
            ある庭師、メニューにまつわる話、より



 昨年4月、数少ない昔からの友人と会う。数時間いつものように話していると、やはり彼女の「本の話」が始まる。嬉しそうに彼女の本棚の、本の序列について語り、それを眺めて一杯飲むのが幸せだと言う。何度か聞いて何度も聞き流したことが、その日以来、彼女の嬉しそうな姿と共に私の脳に強く記憶された。
 
 彼女の本棚を見に行かねばならない 







 そして同じ頃、私の周りには「本にまつわる女」達が所々に居ることに気がついた。歳も職種も異なる、それぞれ互いには知り合わない女達。彼女達は私にとって魅力的な「何か」を持って生きていた。
 苦手だと思ってきた「人」と同じぐらい、私は「油絵具」が苦手だった。艶があって乾きは遅く、なかなか思うように操れない絵具。それゆえ私はアクリル絵具を選び、工芸的な作業工程を見つけ出し、装飾そのものとなるような平面作品を制作してきた。その行程は今でも好きな描き方であることに変わりはない。けれども「やぶ枯らし文ー隠れネックレスー」(「プレゼントの過去ーpattern works2006  GALLERY at lammfromm、東京)を描いた頃から、何故かあの苦手な油絵具にも触れたくなる。感覚的に、としか言いようがないが、あのテレピン油の香りが鼻に蘇ったり、ナビ派、印象派、野獣派を好きだった頃のことを思い出し、手元にある図録や画集をひっくり返す。そして、マティスの「生きる歓び」に目が留る。広い森の真ん中に6人の女達が輪になり踊っているのが小さく描かれている。マティス「ダンス」の前身とも言われる。 その絵(色も定かではない印刷だけれど)に何度も見入った。
 

 何かもどかしく、けれど嬉しい。

 マティスのそれと、私のそれは比べ物にならないのかもしれない。
 でも、油絵具で「本にまつわる女達」を描く。
 魅力的な何かを片手に生きる彼女達に、ひとときの間、向き合ってみたくなった。
 私の中で彼女達は6人の本姉妹となる。
 


 昨夏のお茶会(2008 HIGURE17-15cas、東京)の後も、それぞれの「本姉妹」と交流は続いている。私はもがき続けながらも、時折、彼女達と話すことで、彼女達の旅路を垣間見ることができる。子供を生み育てることは、否応無しに時間と行動の制限ができる。けれど、そのおかげで私は彼女達を旅することに出会った。それは、思った通りにならなくても、思ったようにもがいてみた末の思わぬ収穫。

時間をかけて形を成す油絵具のように、本姉妹との関わりは何を描き出すのか。先の絵は、一色ずつ絵具を置いてみなければ分からない。けれど、これから現れる作品を通して「既にそこには幾通りもの生き道がある」ことを、成長した私の子供や、いつかの誰かに感じ取ってもらえるのなら嬉しい。


                                     泉イネ   2008







ine izumi  
未完本姉妹一幕 2008-2014
未完本姉妹二幕 2014-

Mar 5, 2019

サロンさど島 | 茶会



北沢浮遊選工鉱場跡



岩首の棚田



泉イネが佐渡島へ旅に出たのは2015年。作家を休み、学生の頃の能合宿の記憶を頼りに佐渡の宿坊へ。そこから出会った人、場所や風景についてと、これからの旅を集いながら話します。

金山、流罪、能舞台、世阿弥、芸能、豊かな自然。佐渡にまつわるあれこれ。
ある振付家と罪について話した記憶。近頃はあるキュレーターと罪と害の違いについて酒を呑みながら話しました。誰も傷つけたことのない人なんて居るのでしょうか?制作は、アートは?そんなあれこれも茶菓子をつくりながら話せたらいいかもしれないし、話さなくてもいいのかもしれないと思い始めています。

ひとつの島について想う、美味しい時間にしたいです。


Jan 30, 2018

news paper vol.0 未完本姉妹







2008年から綴る制作「未完本姉妹」の news paper vol.0


これまで 佐渡〜新潟〜真鶴 で出会った方々の営む場所や
未完本姉妹制作に関わってくれた方々の 繋がりのある場所
新たに訪れた本屋さんなど…に置いてあります


Jan 5, 2017

狂言のようなはなし/未完本姉妹




                                          
未完本姉妹  冬の宴  2010



狂言のようなはなし/未完本姉妹



2015年の始め

絵描きのイネはふと思いつきました。


10年以上も前に自分の描いた絵が載っていたmagazine。そのデザインをしていた服部一成さんに会いに行こうと。イネはよくもわるくも直感を信じていました。その直感が外れることも何度も経験していましたので、外れたとしても構わない、糧になる。ぐらいで行動してしまうのでした。まずはメールを送り、応答はなかったので一週間後に電話をしました。その一年前に発症したバセドウ症のおかげでドキドキと脈も倍以上は早く、声は無様に震えましたが、それでもなんとか会ってほしいと伝えました。それはイネがずっとつづけてきた制作「未完本姉妹」のデザインを引き受けてほしかったからです。

Sep 26, 2016

休み時間 / DIC川村記念美術館

「レオナール・フジタとモデルたち」展会期中のワークショップです。



休み時間


案内人
泉イネ(美術家・絵描き)、神村恵(振付家・ダンサー)、眞島竜男(アーティスト)

要予約|定員15名|参加費3,000(2回分、入館料込み)


※「休みA」は必ずご参加ください。「休みB」は自由参加とします。


身体が休む。意識が休む。空間が休む。絵が休む。言葉が休む。美術館が休む。世の中が休む。自分を休む。美術館で休みを過ごしたい方、募集します。


休みA[灯りの消えた美術館で]


11月21日(月:休館日)12:00-16:00

休館日。館内の灯りは消えている。自然光だけの、薄暗い静かな空間。作品も休んでいる。床に寝そべり、転がることができる。気ままに歩ける。しゃべったり歌ったりもできる。こんな状況で休んでみたい方は、ご参加ください。



休みB[いつもの美術館で]

12月10日(土) 13:00-15:00

開館日。館内の灯りはついている。いつものように鑑賞者がいる。学芸員による展示の解説もある。その横に寝そべることができる。気ままに歩ける。静かにおしゃべりできる。こんな状況で休んでみたい方は、ご参加ください。



Sep 11, 2016

お婆ちゃん 前編




お婆ちゃん             前編 9/8/2016








お弁当が食べられなかった
幼稚園時代。

今ではウソみたいな話で
私は食事が嫌いな子供だった。


Oct 12, 2015

And Zone 夜 2012.2.13 回想

2012  上野の森美術館ギャラリー
ダンサー:中村恩恵 Megumi Nakamura、廣田あつ子 Astuko Hirota、吉田真由美 Mayumi Yoshida、清水美由紀 Miyuki Shimizu
文章引用:林道郎 Michio Hayashi photo: hideto nagatsuka  costume: hisashi narita  flyer design: atsuki kikuchi









夢がいくども流れ去る下で、疲れて希望もなくベッドに横になり。
(カフカ)




悟りと言ふことは如何なる場合にも平気で死ねる事かと思って居たのは間違ひで、
悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった。
(正岡子規)




I am Nobody!  Who are you?  Are you  Nobody too?
then there's a pair of us?   Don't tell! 
They's advertise    you know? ( Emily Dickinson ) 




われわれの認識すべてが経験からはじまることについては
まったく疑いの余地がない。(カント)




関係とは事物のあいだの親和関係のことで、それは共通言語です。
関係というのは愛です、そう、愛です。
この関係がなく、この愛がなければ、もはやいかなる観察の基準もない、
したがって、もはや芸術作品もないのです。(アンリ・マティス)




手は感受性と知性の延長にほかならない。
手は柔軟になればなるほど卸しやすくなる。
(マティス)




空にある星を一つ欲しいと思いませんか?思わない?
そんなら君と話をしない。(坂口安吾)




精神とは筋肉である The mind is a muscle. ( Yvonne Rainer)




愛とは二つの体に同時に内在する一つの魂からなる。
Love is composed of a single soul inhabiting two bodies.
(アリストテレス)




夢をみながら、思わず声を出してしまったとき、
私は知らずに、越えがたい国境をひと跨ぎにしていた。
そして異国の朝が訪れる。(瀧口修造)




We knows too much and are convinced of too little. (T.S Elliot)
我々はあまりにも多くのことを知りすぎている。
そしてあまりにも少しのことにしか確信をもっていない。

Jun 9, 2015

And Zone 昼 2012/2/11

2012  上野の森美術館ギャラリー
ダンサー:中村恩恵 Megumi Nakamura、廣田あつ子 Astuko Hirota、吉田真由美 Mayumi Yoshida、清水美由紀 Miyuki Shimizu
文章引用:林道郎 Michio Hayashi photo: hideto nagatsuka costume: hisashi narita design: atsuki kikuchi





正しい生き方とはなんでしょうか。
一種の遊びを愉しみながら、つまり、祭ったり、歌ったり…




… 踊ったりしながら、ぼくたちは生きるべきではないでしょうか。
(プラトン「法律」)


May 12, 2015

And Zone 朝 2012/2/10





白い画布、それは一つの不安である
(中井正一「絵画の不安」)




明け方 夢と夢の境界線にあらわれるぼくの断崖は
螺旋状をしているのだ(田村隆一 螺旋状の断崖)


Jun 2, 2014

未完本姉妹二幕 The 2nd act of Booksisters (incomplete)



未完本姉妹二幕 The 2nd act of Booksisters(incomplete)
>> http://ine-booksisters.blogspot.jp/

コサージュもしくは鬼のような風景 A scenery like a corsage or Oni
>>  http://ine-izumi-dp.blogspot.jp/



コサージュもしくは鬼のような風景 0528 jimen

「未完本姉妹」
2008年9月から続く制作。
本姉妹(実在する、本に関わる6人の女性を架空の姉妹とした)と泉イネの関わり、日常の交差から絵のモチーフを主に切りとり描く。2013年末に彼女達を本姉妹として関わる一幕を終了。2014年より二幕、イネが時々に出会う誰かへ伝えることから浮かび上がることや、少しずつ異なって表れていくことを探しはじめる。まず最初は、ピアノを弾き歌う音楽家へ。

「コサージュもしくは鬼のような風景」
未完本姉妹の制作の過程で、イネが「コサージュもしくは鬼」のように感じた風景。
コサージュとは造花。嘘と本当のあいだに在る瞬間。
鬼とは怖さと哀しさと優しさを含む存在。

May 19, 2014

紺画風 2007



acrylic color
2007