Jun 3, 2020

イネと本姉妹 2008

     





 「イネさん」と呼ばれるようになって、不思議な感覚を思い出す。2000年から紺泉として制作、発表を始めて「紺さん」と呼ばれるようになった頃のこと。そして幼い頃、二度の転校先で初めてあだ名を呼ばれた時のこと。 


 何かもどかしく、けれど嬉しい。


 実は近頃までずっと私はもがいていた。2007年、夏の「ある庭師ー多分のひとときー」展(原美術館 東京)からか、それとも「a roomー山籠りー」展(2007  Mizuho Oshiro Gallery 鹿児島)からか、もっと前の「プレゼントの過去ーpattern works」(2006  GALLERY at lammfromm 東京)からか 何かを作り表現してゆくことは、もがくことの連なりなのだろうが、それにしても私は子供を産んでから特にもがいているようだ。それまでは、淡々と制作を続けているつもりだった。できるだけ表現上の個性を消し、本や雑誌、世の中を流れて行くもの・ことを眺め、微かに自分の中で動く「描き留めたい」想いのもとにモチーフを選び、淡々と描き続けられるはずであった。子供を産んでも私はそうできるだろうと思っていた。
 ところが、私は子供という一人の人間の存在に彷徨い始める。親として、作家として、人としてどの感覚を優先すれば良いのか自分の核心と思ってきたものが見事に揺れて、その甘さを思い知る。人嫌いを悪化させてきた私も子供と共に外へ出なければならず、それまで関わったことの無いような人々と出会う。様々な感覚の違い。些細なことでも一人彷徨う。そして思うように整わない制作環境と、不甲斐ない私のもとでどんどん成長してゆく子供との間で、彷徨う。泣くのが仕事のような子供に何度泣いて対抗したことか。毎度毎度うまい答えを見つける間もなく、何かは起こり、彷徨う。淡々と、どころではない。
 それでも、あれこれ彷徨い往来しながら何とか制作を続けているうちに、紺の頃には感じ取れなかった「作品を観る人」の存在を自分の中に見出した。それはやはり自分の産んだ子供だった。今すぐではなく何十年か過ぎて、この子が私の作品を見て、何かを感じ取ってくれれば良い。そう思うようになる。

 「ある庭師ー多分のひとときー」の展示を終えてから、それまでの制作と、これからの制作の確かな変わり目に気づく。それは沢山の彷徨いから生じた、様々の小さな理由を全て集めた確かな節目。泉イネになる所以。


 ある庭師は空想の人物。
 人嫌いをいつまでも続ける訳にもいかず。
 そうかと言って、すぐさま治る訳でもなく。
 「※ 今の彼を支える数少ない人々を想」い始める。
            ある庭師、メニューにまつわる話、より



 昨年4月、数少ない昔からの友人と会う。数時間いつものように話していると、やはり彼女の「本の話」が始まる。嬉しそうに彼女の本棚の、本の序列について語り、それを眺めて一杯飲むのが幸せだと言う。何度か聞いて何度も聞き流したことが、その日以来、彼女の嬉しそうな姿と共に私の脳に強く記憶された。
 
 彼女の本棚を見に行かねばならない 







 そして同じ頃、私の周りには「本にまつわる女」達が所々に居ることに気がついた。歳も職種も異なる、それぞれ互いには知り合わない女達。彼女達は私にとって魅力的な「何か」を持って生きていた。
 苦手だと思ってきた「人」と同じぐらい、私は「油絵具」が苦手だった。艶があって乾きは遅く、なかなか思うように操れない絵具。それゆえ私はアクリル絵具を選び、工芸的な作業工程を見つけ出し、装飾そのものとなるような平面作品を制作してきた。その行程は今でも好きな描き方であることに変わりはない。けれども「やぶ枯らし文ー隠れネックレスー」(「プレゼントの過去ーpattern works2006  GALLERY at lammfromm、東京)を描いた頃から、何故かあの苦手な油絵具にも触れたくなる。感覚的に、としか言いようがないが、あのテレピン油の香りが鼻に蘇ったり、ナビ派、印象派、野獣派を好きだった頃のことを思い出し、手元にある図録や画集をひっくり返す。そして、マティスの「生きる歓び」に目が留る。広い森の真ん中に6人の女達が輪になり踊っているのが小さく描かれている。マティス「ダンス」の前身とも言われる。 その絵(色も定かではない印刷だけれど)に何度も見入った。
 

 何かもどかしく、けれど嬉しい。

 マティスのそれと、私のそれは比べ物にならないのかもしれない。
 でも、油絵具で「本にまつわる女達」を描く。
 魅力的な何かを片手に生きる彼女達に、ひとときの間、向き合ってみたくなった。
 私の中で彼女達は6人の本姉妹となる。
 


 昨夏のお茶会(2008 HIGURE17-15cas、東京)の後も、それぞれの「本姉妹」と交流は続いている。私はもがき続けながらも、時折、彼女達と話すことで、彼女達の旅路を垣間見ることができる。子供を生み育てることは、否応無しに時間と行動の制限ができる。けれど、そのおかげで私は彼女達を旅することに出会った。それは、思った通りにならなくても、思ったようにもがいてみた末の思わぬ収穫。

時間をかけて形を成す油絵具のように、本姉妹との関わりは何を描き出すのか。先の絵は、一色ずつ絵具を置いてみなければ分からない。けれど、これから現れる作品を通して「既にそこには幾通りもの生き道がある」ことを、成長した私の子供や、いつかの誰かに感じ取ってもらえるのなら嬉しい。


                                     泉イネ   2008







ine izumi  
未完本姉妹一幕 2008-2014
未完本姉妹二幕 2014-